勝手にお名前診断 (第107回)
この「勝手にお名前診断」では、有名人をお一人ずつ紹介すると共に「名前の法則」的見地から、芸能界のどのジャンルに向いているかなどの適性を診断していこうと思います。
第107回目の今日は吉永小百合さんです。
このお名前は本名です。
(結婚後は姓が岡田になりましたが、旧姓のまま活動しています。)
ローマ字で書くと=YOSHINAGA SAYURIとなり、苗字(姓)の最後と下の名前(名)の最初の文字の母音が同じ「ア」である事がよくわかります。
この様なお名前を「名前の法則」の世界では、苗字と下の名前のつながりがなめらかで言いやすい事から“なめらかネーム”と呼びます。
あと、下の名前に「ゆ」という字が入っていますが、なぜか名前に「ゆう」や「ゆ」が付く方は俳優業で大成した方が多いのです。
この「ゆう」の力が本物なら、名前に1文字入れるだけで俳優として大成する訳ですから付けといて損はないですよね。もちろんある程度の知名度を得るまでの努力は必要ですが。
“なめらかネーム”の特徴は、男女を問わず俳優業に強いという事です。
吉永小百合さんは1957年に12歳でドラマ「赤胴鈴之助」でデビュー、17歳の時には映画「キューポラのある街」でヒロインを演じます。また「寒い朝」という曲で歌手としてもデビューしてヒットを飛ばし、更に橋幸夫(はしゆきお)さんとのデュエットで発表した「いつでも夢を」が大ヒットして日本レコード大賞を受賞するなど、若くしてスターへの階段を一気に駆け上がったのです。
また女優業の傍ら早稲田大学に入学して才色兼備ぶりを発揮した事でファンの信頼を獲得、サユリストと呼ばれる熱心なファンが増えていきました。
◉銀幕のヒロイン
吉永小百合さんは数多くの映画に出演しました。
特に浜田光夫(はまだみつお)さんとのコンビによる青春映画路線は1960年代の日活映画を支える人気シリーズとなります。
松原智恵子(まつばらちえこ)さん、和泉雅子(いずみまさこ)さんと共に「日活3人娘」と呼ばれ、ブロマイドも驚異的な売り上げを記録するなど人気は止まる事を知りませんでした。
しかし70年代に入ると映画業界自体が衰退を始め、徐々にテレビドラマへの進出も視野に入れなければならなくなります。
現に多くの俳優がテレビへ進出し、吉永小百合さんも何本かは出演しました。
それでも基本は映画への出演が中心で、1988年には映画出演100作目を達成します。するとその後は益々テレビドラマへの出演が減り、テレビではCM以外でほとんど見かける事がなくなりました。映画が娯楽の中心だった時代を今も体現するかの様な、最後の映画スターと言っても過言ではない活動ぶりですが、ひとつ不思議な事は60年以上のキャリアの中で1度も舞台への出演がありません。映画女優としての誇りなのかも知れませんが、それでも現在まで続けてこられたのですから、多くの根強いファンに愛される本物の映画スターなんですね。
75歳になった現在も美しさを保ち続け、今だに美人女優の代名詞として名前を挙げる方も多いでしょう。原爆詩を朗読する事で戦争の悲惨さを訴える反戦・反核運動でも知られています。
これからも多くの女優の目標となる様な、憧れの存在であると共に指針となって欲しいと思います。この方を目標にすれば間違った方向には進まないでしょうから。
※志村けんさんについては以前このブログでも取り上げさせて頂きました。
心よりご冥福をお祈りします。
この様に芸能人のお名前を画数ではなく母音に注目して分析すると、名前のタイプによって芸能界のどのジャンルに向いているかが見えてくるのです。
もっと詳しく知りたいと思った方はこちらをご覧ください。
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これからもいろんな芸能人の方を、名前の特性とともにご紹介していくつもりです。
ではまた次回をお楽しみに。