矢名樹ヒロタカの「お名前だけお借りします。」

有名人のお名前を「名前の法則」に基づき紹介、分析していきます。

石川秀美さん(2回目)【お名前診断】[母音占い]

勝手にお名前診断 (第223回)※2020年10月6日の記事を改訂

 

この「勝手にお名前診断」では、有名人をお一人ずつ紹介すると共に「名前の法則」的見地から、芸能界のどのジャンルに向いているかなどの適性を診断していこうと思います。

 

第223回目の今日は石川秀美さんです。

このお名前は本名です。

(結婚後は姓が薬丸になりましたが、メディア出演時は旧姓のままです。)

ローマ字で書くとISHIKAWA HIDEMIとなり、フルネームの最初と最後の母音が同じ「イ」である事がよくわかります。

この様なお名前を、最初の母音に戻るという意味で“リターンネーム”と呼びます。

“リターンネーム”の芸能界での特徴は、女性の場合まず歌手業に強いという事です。 

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中学時代バスケットボールに打ち込んでいた石川秀美さんは、3年生の夏に西城秀樹(さいじょうひでき)さんの弟・妹オーディションに応募し、5万人を越える応募者の中から見事合格しました。審査員が他の方を推していた中、秀樹さんの強い推しがあった事が決め手になったそうです。

中学卒業と共に上京し、1982年4月に「妖精時代」という歌でデビューしました。

「ゆ・れ・て湘南」「Hey!ミスター・ポリスマン」「スターダスト・トレイン」などポップな曲調の歌を、ミニスカートやホットパンツ姿でバスケットボール仕込みの美脚を披露しながら唄う健康的なアイドルでした。

 

当時は松田聖子(まつだせいこ)さんと中森明菜(なかもりあきな)さんという2大巨頭に加え、小泉今日子(こいずみきょうこ)さんなど同年代のアイドルが大活躍してアイドルブームとも呼ばれた頃であった為、誰でも知っている程の大ヒット曲は出せませんでした。

いくら女性歌手にとって有利なリターンネームでも、同じ時代に強力なライバルが多過ぎるとなかなか浮き上がれない場合があります。

出す曲常に1位を獲るほどではなくとも、「ザ・ベストテン」や「ザ・トップテン」などの圏内には入り続けていました。野球で言えばホームランバッターではなく、必ず塁に出るようなトップバッタータイプだったのです。(「夜のヒットスタジオ」では実際トップバッターで唄う事が多かった。)

ドリフ大爆笑」には毎回の様に出演するなど、バラエティー番組にも多数出演し(当時のバラエティーはゲストの歌のコーナーが当たり前の様にあった)“花の82年組”の1人として人気を博しました。

 

ただ俳優運の強い“なめらかネーム”でも“ゆうゆうネーム”でもなかったせいか、この時代の人気アイドルとしては信じられないほど女優業のオファーが少ない方でした。

テレビドラマは単発ものばかりで連続ドラマはほとんどなく、映画に至っては1本も出演がありません。同じ西城秀樹さんの弟・妹オーディション出身の河合奈保子(かわいなおこ)さんも、アニメ映画で声の出演が1度あっただけだった事から事務所の方針だったとも考えられますが、それにしても1本も無いというのはある意味奇跡的です。

 

90年に同じ82年組の男性アイドル、シブがき隊薬丸裕英(やくまるひろひで)さんと結婚します。 

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芸能活動は一時休止としたものの、結婚後はほとんどメディアに登場しなくなり、芸能界から引退したも同然の状態になりました。その点がリターンネームのあまり前に出たがらない奥ゆかしさと思われ、他の82年組アイドルとの大きな違いと言えます。

母音ではなく文字で見ると(いしわひでみ)と、「か」の字が入る“お・か・きネーム”でもあります。 

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このタイプは自分に厳しい方が多いので、一度芸能界から身を引くと決めたら中途半端な形では復帰したくないのでしょう。あと薬丸さんが「妻には家にいて欲しい」と思うタイプなのかも知れません。(斜体文字が加筆した部分です)

 

まぁその分薬丸さんが情報番組の司会やコメンテーターとして今も活躍なさっているので、

タレント復帰する必要もなく安心して任せられるんでしょう。ただ夫婦で共演するCMなどでアイドル時代と変わらない姿を見ると、表に出ないのが勿体ないという気がします。

 

この様に有名人のお名前を母音や文字に注目して分析すると、名前のタイプによって芸能界のどのジャンルに向いているかが見えてくるのです。

もっと詳しく知りたいと思った方はこちらをご覧下さい。

これからもいろんな芸能人の方を、名前の特性とともにご紹介していくつもりです。

 

ではまた次回をお楽しみに。