矢名樹ヒロタカの「お名前だけお借りします。」

有名人のお名前を「名前の法則」に基づき紹介、分析していきます。

やしきたかじんさん【お名前診断】[母音占い]

勝手にお名前診断 (第280回)

 

この「勝手にお名前診断」では、有名人をお一人ずつ紹介すると共に「名前の法則」的見地から、芸能界のどのジャンルに向いているかなどの適性を診断していこうと思います。

 

第280回目の今日はやしきたかじんさんです。

このお名前は芸名です。

本名は漢字で家鋪隆仁と書きますが、読み方は(やしきたかじ)です。

 

ローマ字で書くとYASHIKI TAKAJINとなります。

苗字の最後の文字「き」と、下の名前の最初の文字「た」、

フルネームの最初の文字「や」と、最後の文字「じ(ん)」の母音が違います。

この様なお名前を同じ母音のペアが出来ない事から“ノーペアネーム”と呼びます。

“ノーペアネーム”は芸能活動が不安定になりがちです。

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大阪出身のやしきたかじんさんは大学生の頃に新聞記者か音楽家を志すも、会社を手伝わせようとしていた父に勘当され、京都に移り住む事となりました。

大学を中退し、アルバイトがてら祇園のクラブやスナックでギターの弾き語りをしていましたが、女性とお酒を飲みに来ているクラブやスナックの客が自分の歌をまともに聴いていない事に腹を立て、客に生卵をぶつけたりタバスコをかけたりする暴挙に出てしまう事がしばしばあったそうです。当然、店を次々とクビになっていきました。

そんな自暴自棄になっていたある時、客の1人から名刺を渡されます。その客とはキング・レコードの社員で、素行の悪さは別として歌の才能を見出されたのでした。

そして1976年にシングル「ゆめいらんかね」とアルバム「TAKAJIN」でデビューします。しかしすぐに売れる訳もなく、2年程続けて結果が出なかった為に一度は歌手を辞めようとしました。

丁度その頃に大阪のフェスティバルホールで開かれた音楽祭に、周囲の人たちに薦められて渋々出演し、「どうせならフェスティバルホールの舞台に少しでも長く立ちたいから」と、10分近くもある「ながばなし」という歌で参加するとこれが見事にグランプリを獲得し、歌手を続けるきっかけとなったのです。

ただ世間からは歌よりも“しゃべり”の才能を認められ、「ヤングタウン」などのラジオ番組に出演してファンを増やしていきました。

81年には空前の“ガンプラ”ブームに乗って制作された「機動戦士ガンダム」劇場版第1作の主題歌で谷村新司(たにむらしんじ)さん作詞・作曲による「砂の十字架」の歌手に選ばれ、これが初めての全国的なヒットとなりました。

しかし本人は気に入っておらず、「こんなもん、誰が唄っても売れる」と否定的でした。

全部ひらがな表記なのでそのまま文字で見ると、(やしじん)と、「か」と「き」の字が入るので自分に厳しくなる“お・か・きネーム”でもあります。

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自分の実力が評価された訳ではなかった(レコードジャケットにも自分の写真ではなく、主人公アムロ・レイのイラストが使われていた)事が不満だったのです。

本人の予想通り次の曲からは通常のセールスに戻り、結局歌手よりも関西のラジオDJとして有名になっていきました。普通は芸人が選ばれるはずの「日本放送演芸大賞」のホープ賞も受賞した程ですから。

その後レコード会社をビクターに移籍し、86年に発売した「やっぱ好きやねん」が関西でじわじわとヒットしてようやく軌道に乗り始めます。

「ICHIZU」「なめとんか」などが相次いでヒットし、関西でのコンサートやディナーショーは常に満員(前売り即完売)状態になっていきました。もちろん歌だけではなく、お客さんの半分以上は“しゃべり”を楽しみに来ていたでしょう。

歌も上手くて“しゃべり”も面白いとなると、当然東京キー局のテレビ・ラジオからも声が掛かる訳ですが、本人が根っからの関西人気質(東京の人間はつめたい、気取っているなどの思い込みが強い)である事と、番組制作に対する姿勢の違い(放送上のタブーも辞さないフリートークを基調としていた為、東京流の台本通りの進行にそぐわなかった)などから、関東および全国ネットの番組にはほとんど出演しませんでした。いわゆる“水が合わない”とはこの事でしょう。

93年に「東京」というタイトルの曲が60万枚を売り上げ自身最大のヒットとなりますが、この歌もやしきたかじんさんの“東京嫌い”を作詞家の及川眠子(おいかわねこ)さんが、「好きな人を追いかけて東京まで来たけれど、良かった事はその人に逢えた事だけ」という大阪の女性の心情にあてがえた様な内容でした。

東京の水に合わない分、逆に“どぎつい”のが好きな大阪では歯に衣着せぬ発言が受け、90年代は関西ローカルのテレビで「たかじんnoばぁ〜」「たかじん胸いっぱい」「たかじんWAN MAN」など冠番組が次々とスタートして軒並み高視聴率を獲得しました。

特に「たかじんnoばぁ〜」は深夜枠ながら最高25%を記録し、関西の視聴率男と呼ばれるまでになったのです。

ではやしきたかじんさんのローマ字表記をもう一度見て頂きましょう。

YASHIKI TAKAJINと、母音がア➖イ、ア➖イとジグザグになっていますね。

線で表すとダブルスラッシュ(//)の様に苗字と下の名前が斜めの平行線になるんです。

歴史上の人物では織田信長(ODA NOBUNAGA)も該当する事から、この様なお名前を“ノブナガネーム”と呼びます。

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この“ノブナガネーム”は浜崎あゆみさんや大谷翔平選手など桁違いの活躍をする可能性を秘めているので、やしきたかじんさんも(関西では)天下を獲ったという事でしょう。

テレビだけでなく普段から裏表のない性格の為に他人から好かれる存在で、笑福亭鶴瓶(しょうふくていつるべ)さんや藤山直美(ふじやまなおみ)さんなど、同じ関西の芸能人と親交が深かった事でも知られています。

また下の名前に(たかじん)と、「たか」という音が入る“たかたかネーム”でもあります。

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この“たかたかネーム”は芸能人の中でもリスペクトされる方が多いので、生前言いたい放題で暴言連発(放送出来ない為“ピー”が入る事が多々あった)にも関わらず、2014年に心不全により64歳で亡くなった後も冠番組はしばらくタイトルそのままで続けられたのです。

はっきり言って関東の方には馴染みがないかも知れませんが、関西では多くの人々に愛された歌手でありタレントでした。

今も生きていれば代わりに言いたい事を言ってくれるのではないかと思う反面、昨今のコンプライアンスでがんじがらめのテレビ界では魅力が半減してしまうのかとも思います。

 

この様に有名人のお名前を母音や文字に注目して分析すると、名前のタイプによって芸能界のどのジャンルに向いているかが見えてくるのです。

もっと詳しく知りたいと思った方はこちらをご覧下さい。

これからもいろんな有名人の方を、名前の特性とともにご紹介していくつもりです。

 

ではまた次回をお楽しみに。