矢名樹ヒロタカの「お名前だけお借りします。」

有名人のお名前を「名前の法則」に基づき紹介、分析していきます。

野茂英雄さん【お名前診断】[母音占い]

勝手にお名前診断 (第267回)

 

この「勝手にお名前診断」では、有名人をお一人ずつ紹介すると共に「名前の法則」的見地から、芸能界のどのジャンルに向いているかなどの適性を診断していこうと思います。

 

第267回目の今日は野茂英雄さんです。

 

ローマ字で書くとNOMO HIDEOとなり、フルネームの最初と最後の文字の母音が同じ「オ」である事がよくわかります。

この様なお名前を「名前の法則」の世界では、最初の母音に戻るという意味で“リターンネーム”と呼びます。

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野球選手をあつかう事なんてあるんだ、と思っていませんか?

実はこの「お名前診断」第1回はイチローさんから始まったんですよ。

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第2回も松井秀喜(まついひでき)さんだったのでそれ以来になり、投手(ピッチャー)としては初めてになります。

 

小学生の頃から野球を始めていた野茂英雄さんでしたが、高校は野球の名門校ではなかった為、甲子園の出場経験もありませんでした。

ただその頃すでに、後の「トルネード投法」の原型となる身体をひねる投げ方は会得していたそうです。

高校卒業後プロからの誘いもありましたが断って社会人野球へ進み、2年目にフォークボールを習得すると三振をばったばったと取れるピッチャーに転身。1988年のソウルオリンピックで日本代表に選出され、チームは銀メダルを獲得したのです。

そして翌年のドラフトでは史上最多8球団からの1位指名を受け、抽選の結果近鉄バファローズに入団しました。契約金は史上初の1億円台(推定)だったと言われています。

プロでは1年目から投手4冠(最多勝最優秀防御率最多奪三振・最高勝率)のほか、ベストナイン・新人王・沢村賞(前年までセ・リーグの選手のみが対象だった)・MVP(優勝チームから選ばれるのが通例であるが近鉄はこの年優勝していない)など、各タイトルを総ナメにしました。

また同世代のライバル選手、西武ライオンズ時代の清原和博(きよはらかずひろ)さんとの対戦は「平成の名勝負」とも言われ、多くのファンを沸かせました。

そうして新人時代から4年連続で最多勝最多奪三振のタイトルを獲得するなど大活躍しましたが、契約更改では「現状維持」を提示され、近鉄球団側との確執が生じる様になります。

ただそういった日本での活躍に見合わない評価が、メジャーリーグ挑戦へのきっかけとなったと言ってもいいでしょう。

1995年にロサンゼルス・ドジャースマイナー契約を結び、日本人2人目のメジャーリーガー(1人目は1964〜5年の村上雅則(むらかみまさのり)さん)となったのです。

 

“リターンネーム”は海外進出運の強い名前です。

メジャーに行ってからの野茂英雄さんは素晴らしい活躍を見せました。日本では制球力(コントロール)に難ありとされ、与四球(フォアボール)も多かった点が問題視される事もありましたが、少々のボール球でもどんどん振ってくるメジャーのバッターには逆に有効で打たれにくかったのです。

1年目から13勝を挙げてリーグ最多奪三振のタイトルも獲得し、「ドクターK(野球のスコアブックに三振を記録する際、略字として“K”を用いる事から)」と呼ばれました。

野茂という苗字も“NOMO”と欧米人でも発音しやすく、英雄(HIDEO)という下の名前も「バナナ・ボート」の歌詞になぞらえて『デ〜オ、HIDE〜O、野茂が投げれば大丈夫〜』という替え歌まで作られ大人気となったのです。

ファンからも球団からも、日本球界にいた頃より高い評価を受けたと言えるでしょう。

 

メジャーでは通算123勝(近鉄時代の78勝と合わせて通算201勝)、1918奪三振、2度のノーヒット・ノーランなど、後に続いた日本人メジャーリーガーが到底及ばない記録を残しました。

(勝利数の次点は黒田博樹(くろだひろき)さんの79勝、奪三振の次点はダルビッシュ有選手の1392)

2008年にメジャーでの契約解除となった後、東北楽天ゴールデンイーグルスから日本球界復帰のオファーがありましたが、「もうプロ野球選手としてお客さんに見せるパフォーマンスは出せないと思うし、自分の中ではまだまだやりたい気持ちはあっても、自分の気持ちだけで中途半端にしていても周りに迷惑をかけてしまうだけだから」と、39歳で現役引退を決意しました。

母音ではなく文字で見ると(のもひで)と、「お」が入る“お・か・きネーム”でもあるので自分に厳しく、高いレベルでのパフォーマンスが出せない自分が許せなかったのでしょう。

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それでもこの方が多くの日本人選手に勇気を与え、メジャーリーグに進出する道を切り開くきっかけとなった事は間違いありません。

ダイナミックなトルネード投法は日本の枠に収まらず、世界で評価されるスーパースターとなったのです。

 

この様に有名人のお名前を母音や文字に注目して分析すると、名前のタイプによって芸能界のどのジャンルに向いているかが見えてくるのです。

もっと詳しく知りたいと思った方はこちらをご覧下さい。

これからもいろんな芸能人の方を、名前の特性とともにご紹介していくつもりです。

 

ではまた次回をお楽しみに。

 

千葉真一さん【お名前診断】[母音占い]

勝手にお名前診断 (第266回)

 

この「勝手にお名前診断」では、有名人をお一人ずつ紹介すると共に「名前の法則」的見地から、芸能界のどのジャンルに向いているかなどの適性を診断していこうと思います。

 

第266回目の今日は千葉真一さんです。

このお名前は芸名です。

 

ローマ字で書くとCHIBA SHINICHIとなり、フルネームの最初と最後の文字の母音が同じ「イ」である事がよくわかります。

この様なお名前を「名前の法則」の世界では、最初の母音に戻るという意味で“リターンネーム”と呼びます。

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本名は前田禎穂といいます。

ローマ字で書くと MAEDA SADAHOとなり、

苗字の最後と下の名前の最初の母音が同じ「ア」である事がよくわかります。

この様なお名前を、苗字と下の名前のつながりがなめらかで言いやすい事からなめらかネームと呼びます。

“なめらかネーム”は身体の発育が促進され、運動能力が発達する効果があると思われます。

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俳優になる前の千葉真一さん、つまり前田禎穂さんは器械体操でオリンピックを目指す選手でした。高校3年生の時に全国大会で優勝し、大学も日本体育大学に進学しましたが、2年生の時に跳馬の練習中に着地に失敗して腰と両膝を痛めてしまい、医者から1年間運動禁止と告げられ選手を続ける事が困難になってしまったのです。

失意の中で別の道を模索していた頃、「東映ニューフェイス募集」のポスターを偶然見かけて俳優を志す様になります。オーディションに合格して大学を中退し、東映に入社して6ヶ月の研修を受けた後、1960年にテレビドラマ「新 七色仮面」の二代目主人公として主演デビューしました。

その後アクションの出来る俳優として数々の映画に出演し、1968年から始まったドラマ「キイハンター」で全国的なスターとなり、“千葉ちゃん”の愛称で呼ばれる程になったのです。

当時自身の役をスタントなしで演じるだけでなく、人材不足の為にやられ役(投げ飛ばされたり海に落とされたりする)までスタントマンとして演じていた為に、アクション・スタントの出来る若手俳優を育成しなければと感じていました。

それがJAC(ジャパン・アクション・クラブ)の創設につながり、真田広之(さなだひろゆき)さんや志穂美悦子(しほみえつこ)さんなど多くのアクションスターを育てるきっかけとなったのです。

母音ではなく文字で見ると(ばしんい)と、「ち」の字が2つ入る“ワンモアネーム”になります。

“ワンモアネーム”はグループで成功してから個人でも成功するという特性がありますが、千葉真一さんの場合は個人で成功した後にグループの創設者となって成功したので、ワンモアネームの逆パターンと言えますね。

よく見ると本名の(まえほ)も「だ」の字が2つ入るワンモアネームです。

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そして“リターンネーム”は海外進出運の強い名前です。

千葉真一さんは日本のアクション俳優の第一人者としてその出演作品は海外の映画会社からも高い評価を受け、海外ではサニー・千葉(Sonny Chiba)という愛称で親しまれるほどの国際的スターになりました。(ちなみにこの“Sonny”は「兄ちゃん・坊や」という意味で使われる事もあり、日本での愛称“千葉ちゃん”を欧米風にしたものとも言われています。)

「名前の法則」的に見てもつなぎ目の母音が「イ」で同じ、最初と最後も「ア」で同じなのでツーペアネームの非常に良い名前です。

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ご自身も海外への進出には意欲的で、諸外国との合作映画に数多く出演するだけでなく、50歳を過ぎた頃にロサンゼルスへ移住し、本格的にハリウッドへの進出を果たしました。

日本で成功し、世界でも成功する。そこに“ワンモアネーム”の特性が活きたのでしょう。

 

去る8月19日、新型コロナウィルス感染症による肺炎の為、82歳でこの世を去りました。その意思は教え子の真田広之さんや、息子であり俳優の新田真剣佑(あらたまっけんゆう)さんに受け継がれていくでしょう。

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ジャッキー・チェンクエンティン・タランティーノなど多くの映画人、アクションスターに多大なる影響を与えた功績を讃えると共に、謹んでご冥福をお祈り致します。

 

この様に有名人のお名前を母音や文字に注目して分析すると、名前のタイプによって芸能界のどのジャンルに向いているかが見えてくるのです。

もっと詳しく知りたいと思った方はこちらをご覧下さい。

これからもいろんな芸能人の方を、名前の特性とともにご紹介していくつもりです。

 

ではまた次回をお楽しみに。

 

特別企画・ヒロタカの夏休み?

「名前の法則」の世界へようこそ。

ここでは有名人の名前が持つ「音」に注目し、その共通点を見つけていきたいと思います。

 

『またやったな!?』

「はい?何の事でしょう?」

『やってくれたな!?』

「何ですかダチョウ倶楽部上島竜兵(うえしまりゅうへい)さんみたいに。」

『この前ブログ休んだと思ったら、今週また休んだなって言ってんだよ!』

「あぁ、その件についてはクイズにしてありますのでこちらをご覧ください。」

『クイズ?』

 

Q1.私、矢名樹ヒロタカは8月23日に続いて9月1日にも、このブログ「お名前だけお借りします。」の更新を休んでしまいました。さて、その理由は何だったでしょう?

 

A.またうたた寝してしまったから

B.今度こそ急に母親の容体が悪くなったから

C.1回休んだら連続更新のモチベーションが下がったから

D.2回目に慣れすぎて書き下ろしがしんどくなったから

E.夏休みが欲しかったから

F.巨人のエース菅野智之(すがのともゆき)投手が久しぶりに良いピッチングをしたから

 

『いや選択肢多すぎだろ!Fなんて絶対関係ないだろがよ!?』

「Fは今回有名人の名前が出てこない恐れがあるんで無理矢理入れときました。」

『いやダチョウの上島出てるだろよ!』

「あぁ、そうでしたね。

『それよりホントにこの中に答えあるんだろうな?』

「もちろんありますよ。」

『うーん、じゃあBだ!今度こそ急に母ちゃんの容体が悪くなったからだろ!?』

「ブッブー!残念!正解は・・・Aのうたた寝してしまったから、でしたー。」

『(ドテッ!)またうたた寝かよ!』

「いやぁー今回は日付けが変わる前の23時22分に目が覚めたんですけどねぇ。」

『じゃあ何で休んだんだよ!』

「30分ぐらいじゃ間に合わないでしょ!」

『それもそうだな・・・って、なんで逆ギレしてんだよ!』

「まぁ連続更新も途絶えちゃったし、お名前診断の2回目に慣れすぎて新記事しんどいなぁなんて思ってたから、CとDも正解ですね。」

『正解ありすぎだろ!』

「あと今テレビつけてたら「有吉の夏休み2021」ってやってて、あぁ夏休みかぁいいなぁって思ってたんで、Eも正解ですね。」

『E加減にしろ!』

「あと菅野投手が久しぶりに良いピッチングしてたんで、つい安心して眠っちゃったからFも正解と言えば正解・・・」

『もういいぜ!』

「どうもありがとうございましたー。」

『待てまて!なに終わろうとしてんだよ!』

「いやサンドウィッチマンの漫才の締めみたいだったから。」

『今日まだなにもやってないだろ!』

「だから今日はもう本当に夏休みって事にしてまた休もうかなと思ってたんで・・・」

『いや週末の俺の出番を大切にしろよ!』

「もううるさいなぁ。じゃあ今(4日の22時45分)やってる「有吉の夏休み2021」見てて気付いた事でいいですか?」

『そんな思いつきで書けんのかよ?』

 

えーこの番組はここ数年この時期の恒例になっているスペシャルで、タイトル通り有吉弘行さんが今人気のタレントたちと夏休みのバカンスを楽しむっていう内容なんですけど、そのメンバーがですね・・・

男性陣はメインの有吉弘行(ありよしひろいき)さんをはじめ、

平成ノブシコブシ吉村崇(よしむらたかし)さん、

アンガールズ田中卓志(たなかたくし)さんと、

“なめらかネーム”ばかりなんですねぇ。

有吉弘行さんが元猿岩石だった事を考えると、3人ともコンビで出世したほう、とも言えます。

 

そして女性陣は藤田(ふじた)ニコルさん、

生見愛瑠(ぬくみめる)さんと2人が“リターンネーム”なんです。

 

この様に私が「名前の法則」で推奨している良い名前の方ばかりなんですよ。

今人気のタレントが集められている訳ですから当然そうなるんですねぇ。

 

まぁ例外は“みちょぱ”こと池田美優(いけだみゆ)さんが“ノーペアネーム”って事ぐらいですね。

フワちゃんはどうなるんだよ?』

フワちゃんも本名は不破遥香(ふわはるか)というなめらかネームなんですねぇ。

『本名出すのありかよ!?』

 

番組後半から途中参加の小嶋陽菜(こじまはるな)さんもなめらかネームですし、

タンポポ川村(かわむら)エミコさんは5つの母音が揃う“ロイヤルネーム”ですから、

正に良い名前の方ばかりという感じです。

 

とにかく明るい安村は?』

「本名は安村昇剛(やすむらしょうごう)っていうらしいですよ。」

『ですよじゃなくて、ノーペアネームだろ?』

「だからその、人気も一時的だったというか・・・」

『お前結構ひどい事言ってるぞ。』

「まぁ“スライドネーム”ではあるんで、元コンビ(アームストロング)からピンになって成功したって事じゃないですかね。」

『なんか適当に言ってないか?』

「まぁ今日は21時過ぎまで本当に休もうかと思ってたぐらいですから。あっ、それぞれの名前(〇〇ネーム)については横にある「各名前タイプの説明」をご覧ください。」

『過去記事の貼り付けも休みかよ!』

 

この様に画数ではなく母音に着目して有名人の名前をタイプ分けすると、同じ共通点を持つ方がこれだけ見つかるのです。すなわち人の名前が持つ「音」にはそれだけの力が秘められているのではないか?というのがこの「名前の法則」の世界の研究テーマなのです。

もっと詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。

『待てまて!俺の最後の一言は?』

「それもお休みでお願いします。」

 

ではまた次回をお楽しみにー。

 

立川談志さん【お名前診断】[母音占い]

勝手にお名前診断 (第265回)

 

この「勝手にお名前診断」では、有名人をお一人ずつ紹介すると共に「名前の法則」的見地から、芸能界のどのジャンルに向いているかなどの適性を診断していこうと思います。

 

第265回目の今日は立川談志さんです。

このお名前は芸名です。

 

ローマ字で書くとTATEKAWA DANSHIとなり、苗字の最後と下の名前の最初の母音が同じ「ア」である事がよくわかります。

この様なお名前を「名前の法則」の世界では、苗字と下の名前のつながりがなめらかで言いやすい事からなめらかネームと呼びます。

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本名は松岡克由といいます。

ローマ字で書くと MATSUOKA KATSUYOSHIなり、苗字の最後と下の名前の最初の母音が同じ「ア」である事がよくわかります。

本名も“なめらかネーム”なのです。

母音ではなく文字で見ると(まつおかかつよし)と、「か」が入る“お・か・きネーム”でもあります。

よく見ると芸名の屋号:立川(たてわ)にも「か」が入っていますね。

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このタイプは自分に厳しくなる名前なので芸事に厳しくなるのはもちろんお客さんにも厳しかった様で、落語の途中で居眠りしていたお客さんに退場を勧告したというエピソードもある程です。

 

1952年に高校を中退して、当時の柳家小さん(やなぎやこさん)さんに弟子入りし、最初は本名の一部を取って柳家小よし、二つ目に昇進後柳家小ゑんという名前を経て、真打ちに昇進後立川談志を襲名しました。

 

“なめらかネーム”は司会者運の強い名前です。

何を隠そう立川談志さんは「笑点」の初代司会者なのです。

「寄席でやっている大喜利をテレビで出来ないか?」と企画してあの番組のスタイルが生まれ、以降50年以上続く人気番組となりました。

しかし開始当初は視聴率が伸び悩み、初期のレギュラー陣との関係も悪化(原因は不明)していたそうで、1969年に衆議院議員選挙出馬を表明した為に談志さんは降板を余儀なくされました。

 

思った事を正直に言う真っ直ぐなまでの毒舌と、古典落語だけに捉われない型破りな行動から“落語界の反逆児”とも呼ばれ、好き嫌いのはっきり別れる芸風でした。

「師匠に教えられた通り古典落語をやっているだけでは落語はいつか滅びる」と感じ、「時代に合わせて落語も変えていかなければならない」との思いをモットーにしていました。

その為師匠と対立する事も多く、1983年に落語協会から脱会して(建前上の破門)落語立川流を創設して“家元”となりました。

師匠から受け継いだ型を大事にする古典落語において、「己を語る」という視点から現代に生きる人々の価値観や美意識を内容に投入し、噺の途中で「このストーリーのここがおかしい」「こういう人情は違う」と、自身の意見や解説、哲学まで取り入れていました。それ故に「客は“噺”ではなく、“談志”を聴きにくる」と言われ、熱心なファンを獲得し続けました。

また漫談、漫才など落語以外のお笑いにも興味を示し、広くエンターテイメントとして捉えていました。

ツービート時代のビートたけしさんや爆笑問題太田光(おおたひかり)さんの才能をいち早く見出すなど先見の明もあったのです。

リターンネームではないのであまりベラベラ喋るタイプではありませんでしたが、自身も含め落語家がテレビに出る事には前向きであり、晩年は手数(口数)少なめの的確な一言で締めるコメンテーターとしても活躍しました。

 

2011年11月、喉頭癌の為に75歳で亡くなりましたが、この時の報道各紙の見出しは生前の本人の希望により「談志が死んだ」だったそうです。最後まで“洒落”が好きだったのですね。

現在その毒舌ぶりは弟子の立川志らく(たてかわしらく)さんに受け継がれています。まぁ天国から「まだまだだな。」なんて言いながら見ているかもしれませんけど。

 

この様に有名人のお名前を母音や文字に注目して分析すると、名前のタイプによって芸能界のどのジャンルに向いているかが見えてくるのです。

もっと詳しく知りたいと思った方はこちらをご覧下さい。

これからもいろんな芸能人の方を、名前の特性とともにご紹介していくつもりです。

 

ではまた次回をお楽しみに。

 

神田伯山さん【お名前診断】[母音占い]

勝手にお名前診断 (第264回)

 

この「勝手にお名前診断」では、有名人をお一人ずつ紹介すると共に「名前の法則」的見地から、芸能界のどのジャンルに向いているかなどの適性を診断していこうと思います。

 

第264回目の今日は神田伯山さんです。

このお名前は芸名です。

 

本名は古舘克彦(ふるたちかつひこ)といいます。

ローマ字で書くと FURUTACHI KATSUHIKOとなり、

苗字の最後の文字「ち」と、下の名前の最初の文字「か」、

フルネームの最初の文字「ふ」と、最後の文字「こ」の母音が違います。

この様なお名前を同じ母音のペアが出来ない事から“ノーペアネーム”と呼びます。

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高校卒業後の浪人生時代に立川談志(たてかわだんし)さんの独演会を見に行ってファンになった古舘克彦さんは、以降談志さんの追っかけをするうちに講談師になる事を決意しました。

24歳だった2007年、三代目神田松鯉(かんだしょうり)さんに弟子入りし、神田松之丞という芸名をもらいます。

ローマ字で書くとKANDA MATSUNOJOとなり、苗字の最後と下の名前の最初の母音が同じ「ア」である事がよくわかります。

この様なお名前を、苗字と下の名前のつながりがなめらかで言いやすい事からなめらかネームと呼びます。

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師匠に最初につけてもらったネタは覚えるまで2ヶ月かかりましたが、次に教わったネタ『鉢の木』を寝食も忘れて没頭して1週間で覚え、師匠から「お前は将来名人になる」と言われたそうです。

本名の下の名前を母音ではなく文字で見ると(つひこ)と、「か」が入る“お・か・きネーム”でもあります。

よく見ると芸名の屋号:神田(んだ)にも「か」が入っていますね。

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このタイプは自分に厳しくなる名前なので、やると決めたらとことん自分を追い込んでネタを覚えたという事でしょう。

 

“なめらかネーム”は人気運の強い名前です。

また母音ではなく文字で見ると(かんだまつのじょう)と、「まつ」が入る“まつ入りネーム”でもあるので何処となく高級感も漂っていたでしょう。

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2012年に二つ目(落語や講談の世界では一人前とされ、独演会なども開く事が出来る)に昇進すると、定員数百人の会場を満員にして注目を浴びました。

そうして「日本一チケットが取れない講談師」と謳われ始めると、テレビ界も放ってはおきません。

2017年頃からはテレビのバラエティー番組などにも出演し、自らの存在と講談そのものを世に広めていきます。

講談師の方がテレビに出演するというのはあまり見掛けない珍しい例ですよね。

私の知る限りでは(三代目)神田山陽(かんださんよう)さん(なめらかネーム)以来じゃないでしょうか。やはりなめらかネームはテレビ向きの名前であると言えます。

また司会者運の強い名前でもあります。

ゲスト出演だけでなく滝沢(たきざわ)カレンさんと一緒に冠番組を持つなどMCまで担当しました。

 

そして異例のスピード出世で2020年には真打ちに昇進し、講談の大名跡(だいみょうせき)である神田伯山を六代目として襲名しました。

ローマ字で書くとKANDA HAKUZANとなり、苗字の最後と下の名前の最初の母音が同じ「ア」なので松之丞時代と同じ“なめらかネーム”である上に、フルネームの最初と最後の文字の母音も同じ「ア」である事がわかります。

(最後が「ん」で終わる場合、1つ前の文字で判断します。)

この様なお名前を、最初の母音に戻るという意味で“リターンネーム”と呼びます。

つまりこのお名前は、なめらかネームとリターンネームの両方に該当します。

更に「名前の法則」での判断基準となる4つのポイントが全て同じ母音ですので、

このタイプのお名前をトランプ(ポーカー)の役にかけて“フォーカードネーム”と呼びます。

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そうです、二つ目から真打ちに昇進し、名前もなめらかネームから“フォーカードネーム”に昇進したんですねぇ。

フォーカードネームは他に明石家さんまさんや芦田愛菜さんなど、芸能界でも特に人気が高い人が多いので今後が益々楽しみです。

また“リターンネーム”の特性が表れたせいかYouTubeチャンネル「神田伯山ティービー」も解説しました。YouTubeを始める芸人はリターンネームが多いのです。

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これからもタレントとして、また講談を世に広める伝道師として、更なる活躍が期待されています。

 

この様に有名人のお名前を母音や文字に注目して分析すると、名前のタイプによって芸能界のどのジャンルに向いているかが見えてくるのです。

もっと詳しく知りたいと思った方はこちらをご覧下さい。

これからもいろんな芸能人の方を、名前の特性とともにご紹介していくつもりです。

 

ではまた次回をお楽しみに。

 

伊集院光さん【お名前診断】[母音占い]

勝手にお名前診断 (第263回)

 

この「勝手にお名前診断」では、有名人をお一人ずつ紹介すると共に「名前の法則」的見地から、芸能界のどのジャンルに向いているかなどの適性を診断していこうと思います。

 

第263回目の今日は伊集院光さんです。

このお名前は芸名です。

 

本名は田中 健(たなかけん)といい、有名な俳優さんと同姓同名です(でした)。

この名前をローマ字で書くとTANAKA KEN となり、

苗字の最後の文字「か」と、下の名前の最初の文字「け」、

フルネームの最初の文字「た」と、最後の文字「け(ん)」の母音が違います。

この様なお名前を同じ母音のペアが出来ない事から“ノーペアネーム”と呼びます。 

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安定しないノーペアネームのせいか高校時代は不登校を重ね、挙句の果てには卒業間近の3年2月に中退して、当時の三遊亭楽太郎(さんゆうていらくたろう)(現:円楽(えんらく))さんに弟子入りし、三遊亭楽大という名前を貰って落語家としてスタートしました。

 

この名前をローマ字で書くとSANYUTEI RAKUDAI となり、

苗字の最後の文字「い」と、下の名前の最初の文字「ら」、

フルネームの最初の文字「さ」と、最後の文字「い」の母音が違います。

こちらも安定しないノーペアネームのせいか、落語家としての活動はそこそこに師匠に内緒でラジオ番組に出演する様になります。

母音ではなく文字で見ると(さんゆうてらくだ)と、「い」が2つ入る“ワンモアネーム”です。 

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落語家からラジオDJと考えるとワンモアなのですが、師匠には内緒だった為にこの名前は使えずもちろん本名も使えず、第三の名前を使う事となりました。

それが伊集院光という名前だったのです。

ローマ字で書くとIJUIN HIKARUとなり、苗字の最後と下の名前の最初の母音が同じ「イ」である事がよくわかります。(「ん」で終わる名前の場合、一つ前の文字で判断します。)

この様なお名前を、苗字と下の名前のつながりがなめらかで言いやすい事からなめらかネームと呼びます。 

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“なめらかネーム”はまず人気運の強い名前です。

テレビにはまだほとんど出演していなかった為に世間には顔も知られていない存在でありながら「オールナイトニッポン」の2部を担当するなど、ラジオのDJから人気に火がつき始めました。

この伊集院光という名前はラジオ出演時の仮の名前という事もあり、(実際の容姿に関係なく)どうせならカッコいい名前をつけようとしたもので、結果的に漫画の主人公(美男子タイプ)の様な名前になりました。

ただそのせいでラジオを聴いてファンになった女の子が出待ち(生放送終わりでスタジオから出てくる所を待つ行為)をしたところ、あまりの名前と容姿とのギャップに「うそつきー!」と罵声を浴びせて帰ったという逸話も残っています。

 

この名前も文字で見ると(じゅうんひかる)と、「い」が2つ入る“ワンモアネーム”でもあります。

伊集院光さんはDJとして人気を博し、やがてテレビに進出していきました。

ラジオDJからテレビタレントと考えると、今度こそワンモアな活躍と言えるでしょう。

ゲーム好きであった事からその知識を活かし、いち早くゲーム関連の番組で進行役を務めたほか、体型を活かしてデブグルメタレントとしても活動しました。

 “なめらかネーム”は「身体で稼ぐ」タイプでもあるのです。

やがて当時タレントだった篠岡美佳(しのおかみか)という方と結婚して養子に入った為、本名は田中 健から篠岡 健となりました。

ローマ字で書くと SINOOKA KENとなり、

苗字の最後の文字「か」と、下の名前の最初の文字「け」、

フルネームの最初の文字「し」と、最後の文字「け(ん)」の母音が違います。

こちらもノーペアネームですね。

現在テレビでは博学を活かしてクイズ番組などで活躍していますが、ほとんどが準レギュラーや不定期出演の為安定しているとは言えません。

ただ世に出るきっかけとなったラジオでは25年も続いている冠番組があります。

なめらかネームの安定感は、やはり育った土壌でいきている様です。

 

この様に有名人のお名前を母音や文字に注目して分析すると、名前のタイプによって芸能界のどのジャンルに向いているかが見えてくるのです。

もっと詳しく知りたいと思った方はこちらをご覧下さい。

これからもいろんな芸能人の方を、名前の特性とともにご紹介していくつもりです。

 

ではまた次回をお楽しみに。

 

桂三枝(現:文枝)さん【お名前診断】[母音占い]

勝手にお名前診断 (第262回)

 

この「勝手にお名前診断」では、有名人をお一人ずつ紹介すると共に「名前の法則」的見地から、芸能界のどのジャンルに向いているかなどの適性を診断していこうと思います。

 

第262回目の今日は桂三枝(現:文枝)さんです。

このお名前は芸名です。

 

旧芸名をローマ字で書くとKATSURA SANSHIとなり、苗字の最後と下の名前の最初の母音が同じ「ア」である事がよくわかります。

この様なお名前を「名前の法則」の世界では、苗字と下の名前のつながりがなめらかで言いやすい事からなめらかネームと呼びます。

“なめらかネーム”は司会者運の強い名前です。 

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桂三枝さんは「ヤングおー!おー!」の司会に始まり、「新婚さんいらっしゃい!」や「パンチDEデート」、「三枝の国取りゲーム」、「三枝の爆笑美女対談」、「クイズ!年の差なんて」など数多くの番組で司会を務めました。

特に1971年に始まった「新婚さんいらっしゃい!」は放送50周年を迎え、“同一司会者によるトーク番組の最長放送世界記録”としてギネス記録に認定され現在も更新中です。

(開始当初は月亭可朝(つきていかちょう)さんと女性アシスタントがいた3人体制でしたが、月亭可朝さんが参院選出馬を表明した為4ヶ月で降板し、以降は桂三枝さんと女性アシスタントによる2人体制となりました。なお女性アシスタントは現在の山瀬(やませ)まみさんが7代目になります。)

ヤングおー!おー!」の司会も10年以上務め上げ、若い頃の桂文珍(かつらぶんちん)さんや月亭八方(つきていはっぽう)さん、更に明石家(あかしや)さんまさんなどが様々なゲームに挑戦する人気コーナーを取り仕切っていました。

 

本名は河村静也(かわむらしずや)といいます。

ローマ字で書くと KAWAMURA SHIZUYAとなり、フルネームの最初と最後の文字の母音が同じ「ア」である事がよくわかります。

この様なお名前を、最初の母音に戻るという意味で“リターンネーム”と呼びます。 

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“リターンネーム”の特徴はまず自身が話が上手くなるのでトークベース型(フリートークの面白さを売りにするタイプ)のお笑いタレントが多いのですが、他のタレントを売り出すセンスや能力にも長けているプロデューサータイプも多いのです。

若き日のさんまさんをスターダムに押し上げたのは桂三枝さんだったと言っても過言ではないでしょう。

ゲームのアイデアも次々と考案し、今では誰もが知る「あっち向いてホイ!」や、テレビでは定番の有名なゲーム「たたいてかぶってジャンケンポン」や「箱の中身は何だろな?」の発案者でもあるのです。

母音ではなく文字で見ると(わむらしずや)と、「か」が入る“お・か・きネーム”でもあります。

よく見ると芸名の屋号:桂(つら)にも「か」が入っていますね。 (まぁ桂一門全員になっちゃいますけど)

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このタイプは自分に厳しくなる名前なので後輩にも厳しくなると思われ、さんまさんが昔よく「ちょっと来い!」と三枝さんに呼び出されて怒られたエピソードは有名ですね。(多少さんまさんの脚色もあるのでどこまで本当かは分かりませんが)

もちろん自分にも厳しくなるので、テレビタレントとして忙しい中でも本業の落語を疎かにせず、寄席(高座)にも上がり続けました。古典落語よりも自身で生み出した創作落語に力を入れ、中でも幕末の新撰組の戦いを題材にしてゴルフに置き換えた「ゴルフ夜明け前」は高い評価を受け、文化庁芸術祭大賞を受賞した後に書籍化、映画化までされた程です。

 

2003年には上方落語協会会長に就任し(現在は特別顧問)、06年には紫綬褒章も受賞するなど本業の落語に邁進する様になると、11年に師匠の名を継いで六代目・桂文枝を襲名しました。

この名前をローマ字で書くとKATSURA BUNSHI となり、

苗字の最後の文字「ら」と、下の名前の最初の文字「ぶ」、

フルネームの最初の文字「か」と、最後の文字「し」の母音が違います。

この様なお名前を同じ母音のペアが出来ない事から“ノーペアネーム”と呼びます。

あくまでテレビ的目線で言うと司会者向きの名前でなくなった為か、襲名後は以前から続いている「新婚さんいらっしゃい!」以外で司会の仕事はなく、文枝の〇〇といった冠番組もありません。

もちろん本人がいっそう落語に邁進する様になったからではありますが、人気タレント「桂三枝」の名前を捨てるにはそれだけの相当な覚悟があったと思われます。

 

実は今年1月に妻が病死し、その翌日に母親も老衰で相次いでなくなるという悲しい出来事に見舞われていました。

傷心の中でも人を笑わせる仕事は辛いとは思いますが、我々は「新婚さんいらっしゃい!」で椅子から転げ落ちる姿をまた見たいので、これからも落語家とタレントの両方で頑張って欲しいと思います。

 

この様に有名人のお名前を母音や文字に注目して分析すると、名前のタイプによって芸能界のどのジャンルに向いているかが見えてくるのです。

もっと詳しく知りたいと思った方はこちらをご覧下さい。

これからもいろんな芸能人の方を、名前の特性とともにご紹介していくつもりです。

 

ではまた次回をお楽しみに。